最近、将棋の世界で変わってきたこととして「以前は一人で考えて一人で分析して一人で研究する世界だったのが、ここ20年くらいの間に、何人かで一緒に研究することが多くなってきた」という羽生先生のお言葉を書籍で読んだことがあります。量子コンピューターの祖ともいえるニールス・ボーアが物理学における共同研究スタイルを広めたように、将棋界もまたインターネットによって研究の形が変わってきたのではないでしょうか?また、これからどう変わっていくのでしょうか?
まず将棋の世界においては、アナログの時代は1人でやっていたのが、インターネットがある今の時代は、複数人でやるようになりました。一か所に集まり将棋を指すのではなく、ネット空間上で対局し、強くなっていくのが、主流かつ大きな流れなのです。将棋の世界のネットのトレーニングは、非常に実践的です。ただひたすら実践を何百局とやっていくんです。
しかし、今のAIの方は逆に1人で向き合うんです。誰かと集まって一緒にプログラムを動かすわけではなくて、基本的に1人で勉強します。ただ、それだけだと、なかなか理解が深まらず死角のような穴が開いてしまうので、その穴を補うために、やはり人間同士で集まって議論することや、一緒に研究するということが必要になると思います。
今後、棋士が将棋に強くなるには、「将棋ソフトの強さを深いところで理解する必要があり、さらにはプログラミングの素養すら基礎体力として求められるようになる時代も遠くないかもしれない」というお話を羽生先生の書籍で学ばせていただきました。このプログラミングの素養という言葉に関して、もう少し詳しくご説明いただけないでしょうか?
将棋ソフトは、いろんな手を示してくれて点数も出してくれますが、なぜその手を選んでいるのかは喋ってくれないので、そこは考えていかなければいけないと思います。将棋を用いて考えるというアプローチもひとつの方法なんですが、プログラミングができれば、その知見から、どうしてこの手が指すようになったのかがわかるかもしれないです。
これは大きなテーマ、実験みたいなところがあると思うんです。将棋に限らないことだと思いますが、例えば、何かの問題があって、AIが答えだけ教えてくれるとしますよね。「AIからもらった答えだけで上達するのか」ということなんですよ。普通は先生やコーチ、指導者がいて、「ここはこう考えたら解けるんだよ、このやり方は駄目なんだよ」という道筋を教えてもらって、初めて理解でき、応用することができるようになると思います。ただ、もしかすると、非常に勘の良い人たちや理解力が高い人たちは、道筋を教えてくれる先生やコーチの存在がなくても、着々と前に進めるかもしれません。このような実験的なアプローチとして、今、将棋界でプログラミングが活用されているのかなと思っています。
AIの発展により、「今後、私たちは知性を再定義する必要がある」ということを羽生先生の書籍で拝見しました。私なんか、人を前向きにさせる言葉を持つ人を知性がある人だと考えてしまうのですが、やはり知性を定義することは難しいと思います。羽生先生が現在考える知性とは、どのようなものでしょうか?また、AIは将来どのように進化すると予想されますか?
いわゆる知識や常識そのものと、それを基にして、未来を予測するとか、何か物事に対処するといった総合的なものが知性だと私は考えています。AIの出現は、今まで存在しなかった人間と比較する知性が出てきたということだと思います。ただ、テクノロジーは、もちろん人間の能力を伸ばす側面がある一方で、人間が楽をする、面倒くさいことや大変なことを代替してもらうという側面もかなり強いと思います。つまり、すべてAIで代替できるのであれば、人間が大変な作業などに時間と労力を費やす必要があるのかということにもなります。これから先も人間の知性をずっと伸ばしていくという方向性で進んでいくのかは、まだ少しわからないところもあるのかなと思っています。
「何かを覚えるということ自体が勉強になるというのではなくて、それを覚えて理解して完全にマスターするというプロセスが一番大事である」と羽生先生の書籍で学ばせていただきました。それが知識を知恵として吸収するということでしょうか? また、例えば、人がプログラミングやAIなどの知識を知恵として自分のものにするためには何を大事にしたらよろしいでしょうか?
非常に難しいテーマですね。何をもって理解したのか、その定義そのものが難しく、どうやればいいのかもよくわからないところもありますよね。だから、基本的にはまずある程度の量をこなすことが、絶対的な要素だと思います。何を理解するにしても、どんなに理解力が早い人でも、まず量をこなして、その後に、いかに一つひとつの質を上げていくのかによって、理解が深まることになるのかなと思っています。
インターネット・アカデミーは1995年から日本初のインターネット専門スクールとして27年間、インターネット教育を提供してきました。教育で人々を繋げ、誰でも平等に学ぶ機会が得られる社会を作ろうと思っています。弊社のようなインターネットスキル、例えばAIやIoTに関わる技術者を育成するスクールに対し、羽生先生が期待されていることは何かございますか?
特に若い人に多いと思いますが、「これは、流行る」、「これは、これから先もう流行らない」といった先見的な要素は、やはり最先端に立っている人たちにしか見えないものですよね。それを磨き続けていくことは、非常に大事なことだと思っています。そして当たり前ですが、先進的な考えやアイディアができたとしても、サポートしてくれる人、理解者や受け入れる人たちがいないと、社会の中には浸透していきませんよね。だからそこは社会全体として情報やスキルを上げていくことが、世の中に深く、広く浸透していくためには必要不可欠なことだと思っています。
インターネット・アカデミーの受講生の方やこれからインターネットを学ぶ方に向けて、メッセージをお願いします。
これから先も、インターネットに関わる知見やスキルは必要不可欠です。時間をかけてゆっくりと自分のものとして吸収していくということが何よりも大切なことだと思いますので、ぜひ頑張っていってください。